「集中する」ことの
大切さを学んだ日々
スペシャリストであるとともに、ジェネラリストとしていろいろな病気の診断や治療ができる医師になりたい。それが、糖尿病の領域に進もうと決めた理由です。
私が入局した東京大学医学部の第三内科には、肺や心臓などたくさんの診療グループがありました。そのなかで糖尿病を選んだのは、糖尿病の患者さんが、様々な病気を合併するからです。糖尿病には網膜症・腎症・神経障害という三大合併症がありますし、動脈硬化の要因となり冠動脈疾患や脳卒中のリスクを高めます。糖尿病がベースで起こる病気は頭のてっぺんから足先まで、まさに全身に現れるんです。
そもそも私が医師を目指したのは、患者さんの病気を治し、元気になってほしいという思いがあったからでした。一部の感染症などの投薬だけで治る病気と違い、糖尿病はケアが難しい病気のひとつだったことも「糖尿病のグループで」という決断のベースにあった気がします。
当時の第三内科には、世界的な研究をされている先生がたくさんいらっしゃいました。特に、アメリカ留学から戻ってきたばかりの春日雅人先生からは多くのことを学ばせていただいたと思っています。春日先生は、留学中に世界中の研究者から注目される画期的な成果を上げた先生です。その先生の下でテクニカルな面だけでなく研究の取り組み方も学びました。痛感したのは、集中の大切さ。研究を進めていくと「これも面白い」「あれも面白い」となりがちです。しかし全てを追うのではなく、一番大切なテーマに集中する。生活面でも、ある時期はほかのことは犠牲にして研究に集中する。これは、私の医師人生で大切な指針になりました。
春日先生や門脇孝先生など世界的な研究をされている先生方の下で学ぶうちに、最終的には臨床医を目指すにしても、ある時期、研究に集中することは医師としてのライフスパンのなかで、とても重要なことではないかと考えるようになったんです。
臨床を目指す医師が
基礎研究に取り組んだ意味とは?
春日先生はアメリカ留学中にインスリン受容体に関する研究を進め、受容体にチロシンキナーゼ活性があることを発見し、これがインスリンの作用伝達に重要な役割を果たしているという仮説を提唱しました。第三内科に戻られた春日先生は仮説を実証するための研究をされていたんですね。注目したのは、高度なインスリン抵抗性糖尿病の患者さんです。私はこの方のインスリン受容体の遺伝子解析をすることによってチロシンキナーゼ活性に重要な配列を明らかにしました。
当時は、遺伝子研究が始まったばかりの頃だったんですね。幸運なことに、遺伝子研究のメッカである東京大学医科学研究所に行かせていただき、遺伝子解析のテクニックを習い、インスリン受容体のゲノム遺伝子の解析を行いました。その後、第三内科に戻った後も、その患者さんの遺伝子解析を続けることになり、春日先生と一緒に解析を進めました。遺伝子の異常を見つけることも、発見した異常を解析することも難しく、苦労しましたね。でも、未知の分野の研究だったので、とてもエキサイティングでした。
朝から夜中まで実験を続けても良い結果が出ないのですが、それでも新たな実験結果が出ると、「どんな結果が出たかな?」とウキウキしてきて(笑)。最終的に、遺伝子の異常によって受容体のチロシンキナーゼ活性が失われ、インスリン情報を伝達できなくなっていることがわかり、この研究をまとめた論文は『Science』に掲載されました。その後、インスリン受容体の情報伝達の細かいメカニズムが次々に解明され、糖尿病の発症メカニズムの解析にもつながっていくことになったのです。
若い頃に基礎研究をしたことは、臨床でも役立っています。例えば『The New England Journal of Medicine』や『The Lancet』などの有名なジャーナルに掲載されている論文でも「研究のデザインに問題があるのでは?」などと批判的にも読めるようになり、また臨床上においても反対意見も含めて検討した上で最終的な判断ができるようになりました。
オックスフォードの研究者は
日本人のように長時間働いていない!
30代半ば、筑波大学からオファーをいただき…。東京大学に残れば門脇先生が研究費を取ってくれていましたし、実験のプランニングも相談できる。一方、大学を移れば、研究費の確保、プランニング、実験、論文作成をひとりで行わなければならず、正直、不安もありました。でも声がかかるうちが花ですし、新たな経験ができるチャンスだと考え、オファーを受けることにしたんです。
筑波大学では臨床や医学教育も担当しました。患者さんを診た後に実験、夜にはデータをまとめて論文を書く。ほかに医学科修士の学生の指導もあり、とにかくハードでした。土曜の夜に車で東京の自宅に着くと、そのまま日曜の夜まで寝ていることもよくありました。その代わり、臨床力を鍛えることができたと思います。茨城県はとても広い上に、県内で初めてできた大学病院ということもあって、内分泌の稀な疾患も含め様々な症例を経験できたことが大きかったです。
筑波大学時代には、オックスフォード大学への留学もさせていただきました。幸いオックスフォード大学の講師のポストをいただいたので、到着した次の日からフルに働きました。さらに、筑波時代の研究データをまとめて論文にする必要があったので、最初の頃は3時間ほどしか睡眠時間をとれなくて…。ハードな毎日でしたが、一流の研究者が何を考えて研究しているかを知ることができました。また現地の優秀な研究者が、日本人のように長時間働いているわけではないとわかったことも大きかったですね。
成果を出すには、諦めずコツコツ続けていかなければならないし、ハードワークも必要ですが、それだけではダメ。最初に何をするか、どうやるかについて熟考する。プランニングに時間をかけ、よく考えてから行動することが、その後の労働時間を有効に使う上で重要だと思います。
海外に住むという経験も大きかったですね。聞いたり読んだりして手に入れた情報と、現場で得た情報は全く違いますから。若い先生には、ぜひ海外留学に挑戦してほしいです。
たくさんの患者さんを診る
密に細かく診る
留学を終えて筑波大学に戻って1年ほどした頃、虎の門病院から、内分泌代謝科部長のオファーをいただきました。研究を続けたい気持ちもあったのですが、最高の環境で臨床ができるチャンスだと思い、移ることに決めたんです。
虎の門病院では、常時1,500~1,700人の外来患者さんを担当しました。それに加えて、各診療科に優秀な先生がいらっしゃるので糖尿病以外の病気もしっかり治療できるんですよ。おかげで、私自身の臨床力も大きくアップしたと思います。臨床力を伸ばすにはたくさんの患者さんを診るだけでなく、細かく密に診ることが重要なんです。ほかにも、患者さんのためになることを最優先することが病院の方針だったので、自分が理想とする治療ができました。「全身を診ることで、患者さんが元気になるサポートをする」という理想の実現に近付ける。まさに臨床医冥利につきる環境だったと思います。
その後、東京医科大学に移りました。虎の門病院と違いスタッフの数が多いので、余裕をもって仕事ができます。また医局の雰囲気も良く、上の立場の人間として仕事が進めやすいですね。医局には、良き臨床医・専門医を目指している先生が多いんです。ぜひ、合併症も含めて全身を診る力を身に付けてほしいと考えています。
大学病院にはほぼ全ての科があるので、つい、ほかの科の先生に任せてしまいがちです。回診で若い先生に患者さんの治療方針を説明してもらうと、「◯◯科の先生が◯◯とおっしゃっていました」という場合があるんですね。そんなときは、「その治療がなぜ必要なのか? もっとよく考えなさい。自分で考え、どうしてもわからなければ聞きに行きなさい」と伝えています。
日本の医学教育では、医学統計・大規模研究の進め方・医学英語・法律に関する4つが不十分だと思っています。いずれも臨床医・研究者に必要な知識です。そこで若手・中堅医師を対象にこの4つのトピックを学ぶブラッシュアップセミナーを10年ほど実施してきました。今は休止していますが、ぜひ再開したいですね。セミナーでは、医師以外の方にも講師をお願いしてきました。様々な分野の人と出会うことは、医師として成長するためにも大事なことです。若い先生には、ぜひ人との出会いを大切にしてほしいと思います。
Dr. 小田原 雅人
Dr. Masato Odawara
1980年 東京大学医学部医学科卒業、東京大学医学部第三内科入局、1990年 東京大学医学部附属病院助手、1992年 筑波大学臨床医学系内科内分泌代謝科文部教官講師、1996年 英国オックスフォード大学医学部 Clinical Lecturer(講師)、2000年 国家公務員共済組合連合会虎の門病院内分泌代謝科部長、2004年1月 東京医科大学内科学第三講座主任教授、同年4月 東京薬科大学客員教授併任、2009年9月-2012年8月 東京医科大学病院副病院長、2014年4月 東京医科大学糖尿病・代謝・内分泌・リウマチ・膠原病内科学分野主任教授
日本内科学会認定医・指導医、日本糖尿病学会認定医・指導医
Dr. 小田原 雅人のWhytlinkプロフィール
Whytlink Specialist Doctors Network
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